英語が話せないのではなく、話すことがないだけなのでは?

 

日本人は英語が話せないと言われていますが、

僕の考えでは日本人の英語は悪くないと思います。

ただやはり国際舞台においては日本の英語力は確実に劣っています。

しかし劣っているのは、果たして英語力だけなのでしょうか?

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話せるのに、話せない

 

 

日本にいながら、英語が話せるというと

「英語話せるの!? 何か話してみて!!」

という質問をよくされます。

 

僕はこの質問をされると、

いつも固まってしまいます。

なぜかというと、

何を話せばいいのか分からないからです。

 

いくら英語が流暢に話せるからと言っても、

話す内容がなければ、またはそれが明確でなければ英語を話すことは不可能です。

 

 

 

英語を使って何がしたいのか

 

 

これと同じようなことが、皆さまにも起こっているのではないのでしょうか。

 

英語を学ぼうとする姿勢は確かに大切なことです。

しかし、その英語を使って

「何を主張したいのか」、「自分が一体何を伝えたいのか」

を知ることは、英語を学ぶことと同じくらい大切なことです。

 

英語の重要性に多くの日本人が気づいているにもかかわらず、

「英語で何を話したいのか」を知らない人達が多いのは、

大きな問題として認識されるべきだと思います。

 

 

日本の英語教育はいい面もある、が...

 

 

確かに問題山積な日本の英語教育ですが、

良い面もたくさんあります。

 

世界を見渡しても、日本人ほど文法を正確に理解している国はそうそうありませんし、語彙に関しても、比較的豊富な語彙力を持っていると思います。

文法やボキャブラリーなどの知識面からすると、

日本の英語教育はとてもいいものであると思うのです。

 

スピーキング能力の基礎を伸ばすには最適な環境ですね。

 

ここまでの基礎を持っていながら、なぜ話すことができるようにならないのでしょうか?

 

この記事で文法に関して少し書いています。 

changeducation.hatenablog.com

 

 

圧倒されたディスカッション

 

 

カナダの語学学校に通っていた頃、

ドイツとブラジルから来た留学生とそれぞれの国が抱える労働問題について

ディスカッションをしたことがあります。

ちなみに彼らはそれぞれ、僕より下の英語のクラスに属していました。

 

ディスカッションをしている最中は、

終始彼らに圧倒されてばかりでした。

彼らの英語力に圧倒されていたのではありません。

何に圧倒されていたのかというと、

彼らの労働問題に関する深い知識と、鋭い意見にです。

僕は日本が抱える労働問題に関してはあまり詳しくなかったため、

少子高齢化や過労死などについて発言するに留まってしまいました。

しかし彼らは、労働問題に関してだけでなく国際問題や教育、さらには環境や哲学に関する問題を労働環境と結びつけながら話してくれたのです。

(最終的にはミクロ経済に話が落ち着来ました。) 

 

そのディスカッションが終わった時に感じた「敗北感」は今でも忘れません。

 

彼らにあって僕になかったものは英語力ではありません。

彼らは英語で「話す内容」があったのに対し、

僕にはそれがなかったのです。

 

 

 

グローバルな人材とは

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グローバルな人材が常に求められている世の中ですが、

単に流暢に英語が話せる人間を「グローバルな人材」と呼べるでしょうか

 

前のディスカッションの例だと、

僕よりも、彼らの方が「グローバルな人材」と呼ばれるにふさわしいと思います。

 

英語が話せる=グローバルな人材 というのは大きな間違いです。

 

完璧な英語を話さなくとも、物事に対してきちんと自分の意見を持ち、

自分の意見を伝えようとする熱い姿勢が今の日本人に足りないところだと思います。

 

(ちなみに、そのディスカッションが終わった後、学校に残って日本の労働問題についての記事を読みまくったのは今でも忘れられません。)

 

 

まずは日本語で

 

 

 

小学校から英語を教えることに反対はしません。

しかし英語の授業増加に伴い、国語の授業数が減ってしまっては意味がありません。

 

英語よりも先に日本語を勉強するべきだとの主張もありますが、

正直その主張も一理あります。

 

それはおそらく、日本の英語教育が「英語」のみに集中してしまい、

結果的に言葉を理論的に捉える能力や、

物事に対して自分の意見を持つ重要性が損なわれているからではないのでしょうか。

 

結果的に、英語は話せるのに、

話すことがないから話せないという状況を作ってしまっているわけです。

 

がむしゃらに「英語だけ」を伸ばそうとしても、英語は上達しません。

まずは日本語で物事を考え、自己主張する能力を養うべきだと思います

 

 

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